先日、第56回日本医療検査科学界に参加してきました。
病院時代の先輩や前職の同僚、後輩など懐かしい顔ぶれに再会して良い刺激になりました。
臨床検査医、臨床検査技師、メーカーの発表を聴講して、これからの臨床検査技師に求められる要件や将来性について改めて考えてみました。
臨床検査技師を目指している方、臨床検査技師としてのキャリアに悩まれている方の参考になれば幸いです。
臨床検査技師の将来性と動向
【辞めてよかった】臨床検査技師の将来性の闇〜3つの残酷な真実〜というタイトルの記事を公開してしばらく経ちますが、今読みかえしてみてもなかなか的を得た内容になっているなぁと思います。
改めて、臨床検査技師を待ち受ける環境について考察してみます。
- 経営赤字による医療機関の減少
- 保険点数改悪による検査収益の減少
- 検査結果承認作業のAI判定への移行
経営赤字による医療機関の減少
国立大学病院長会議は10月4日の記者会見で2024年度収支見込みを発表し、42大学病院のうち赤字見込みは32病院で、赤字額は計260億円に上ると明らかにした。全体でも235億円の赤字見込みだという。年度当初の見込みは42病院合計で58億円の赤字だったが、物価高騰や人事院勧告に伴う人件費増、コロナ補助金の廃止等で大きく膨らんだと言い、会長で千葉大学医学部附属病院病院長の大鳥精司氏は「20億円以上の赤字を出している病院も散見され、非常にゆゆしき状況。大学病院がなくなるかもしれない次元の問題だ」と強い危機感を露わにした。
大学病院クラスでも7割強の病院が赤字経営です。
赤字になる原因は
- 人件費や設備投資費が多く収益を圧迫している
- 過疎化や周辺病院の増加などにより患者が減少している
- 患者満足度が低くSNS等でネガティブな評価が広まっている
この他にも様々な要因が考えられますが、経営統合により黒字化を目指す医療機関も少なくありません。
令和6年3月末時点の医療施設動態調査によると、全国の病院数は前月に比べて13施設減少し、合計で8,097施設となりました。また、病床数は2,175床減少して1,479,728床となりました。一般診療所の数は12施設増加し、合計で105,280施設となりましたが、病床数は561床減少して74,554床となりました。
医療機関の総数は今後も減少傾向が見込まれます。
これは臨床検査技師として働く場所が少なくなることを意味しています。
保険点数改悪による検査収益の減少
- 令和3、4年度の一般病院の損益率(コロナ補助金を除く)は悪化しており、コロナ前(平成27年~令和元年)の水準を下回っている。
- 新型コロナに関する診療報酬上の特例等の影響を排除した場合、損益率はさらに低下している。
- 厚生労働省推計による令和5年度の損益率は、▲10%を超える赤字となる見込みである。
診療報酬の改定で臨床検査関連の保険点数は下がり続けています。医療機関が収益減少に直面すると、検査部門の効率化が求められ、場合によっては検査の外注増加や自主運営からブランチ・FMSへの切り替えが起こる可能性もあります。
このような状況下では臨床検査技師の待遇・年収が改善されるとは考えにくいです。
検査機器の進歩による検査の精度向上
生化学自動分析装置や免疫検査分析装置は各社が鎬を削っており、測定精度向上については頭打ちのところまで来ています。この先はオートQC・オートメンテナンス、検査台帳作成など、これまで臨床検査技師が行っていた作業の自動化が開発のコンセプトになっていきます。
臨床検査技師が検査室で行っていた業務が自動分析装置に代替されていきます。
検査結果承認作業のAI判定への移行
AIは医療従事者の負担軽減や、患者とのコミュニケーション改善に寄与する可能性があります。例えば、初診時の問診や、検査結果の説明などにAIを活用できるかもしれません。検体検査においては、アボットジャパンの診断支援システム DSSのように、検査結果の承認作業をAIが行うという構想が既に実用段階としてスタートしています。
パニック報告、検査の追加依頼をAIが代替する時代がすぐそこまで来ています。
これからの臨床検査技師に求められる4つの要件
前述の通り、臨床検査技師の将来性は良いとはいえません。
- 医師の働き方改革の本格スタートに伴うタスクシフト・雑業務の増加
- コスト削減のため人員は削減される
- 検査技師業務はAIに代替されるため働く場所がなくなっていく
- 転職難易度が上がるため簡単には他の施設に移動できない
中小規模の医療機関であれば、生化学・免疫・血算の検体をさばきながらデータの承認作業を行い、臨床からの項目追加依頼にも対応し、病棟からの血液製剤の出庫・返却対応をする、空いた時間にメーカー対応もこなす、こんな毎日になります。
このような事態に陥らないためにも、これからの臨床検査技師には下記4つの要件が求められます。
クリニカルサイエンティストとして病態把握に務め臨床に的確なアドバイスを提供する
医療の細分化が進む中で臨床検査技師が専門的な知識とスキルを活かし、単なる検査結果の提供者ではなく総合的な病態把握を行う役割を担うことを意味しています。
病態の把握
検査結果を単に数値として報告するだけではなく、結果を総合的に分析し、患者の病態を深く理解する必要があります。
医療の細分化によって診療が複数の専門科に分かれる中で、臨床検査技師はこれらの情報を整理し、全体像を捉える能力が求められます。
患者の検査データを判読して症状や病歴、他の検査結果と照らし合わせることで、臨床的な状況を的確に判断することが求められます。
臨床への的確なアドバイス
各専門領域の医師に対して、検査結果に基づいた具体的なアドバイスを提供することが求められます。例えば、異常値が出た場合、その異常がどのような病態を示唆しているのか、さらに追加でどのような検査が必要かなど、臨床的な判断材料を医師に提供します。
医師がより早く適切な診断や治療方針を決定できるようにサポートします。
チーム医療におけるリーダーシップ
医療の細分化が進むことで、各専門家の連携が重要になります。臨床検査技師は、検査を通じて得たデータを他職種の医療スタッフに共有し、チーム医療において情報のハブとしての役割を果たします。複数の専門科が関わる場合でも、全体の病態を理解し、各専門分野の医師や看護師、薬剤師などと協力しながら患者に最適な治療を提供するための情報をまとめ、提案するリーダーシップが必要です。
技術の進歩への対応
医療技術が急速に進化する中で、クリニカルサイエンティストとしての臨床検査技師は、新しい検査法や診断技術を積極的に学び、実際の臨床に応用する能力も求められます。次世代の診断技術や人工知能(AI)の活用などを導入し、より迅速で正確な診断を支援することで、医療の効率化と精度向上に貢献することが期待されています。
医者は全員が100点ではありません。60点の医者もいれば30点の医者もいます。検査技師は30点の医者を60点に、60点の医者を90点にすることができる職種です。
- 検査データや投薬歴から病態を把握する能力
- 時系列からこの先の病態変化を予測する能力
- この先の病態変化を見据えて追加オーダーを提案する能力
これらの能力を身につけて医師へのアプローチを継続することで臨床検査技師のプレゼンスを高めることができます。松尾収二先生@天理よろづ相談所病院
協働する職種
医師、看護師、薬剤師、放射線技師などの院内医療従事者
テクノロジストとして正確な検査データの報告に貢献する
どれだけ検査の精度が向上しても、検体と試薬の反応性に起因する非特異的反応は無くなりません。そのため、臨床症状と合わない測定結果や前回値との大幅な乖離があれば、非特異的な反応が発生していないかを確認する事が正確な測定結果を報告する上で、臨床検査技師にしか出来ない重要な役割です。
比色項目や凝固検査など、反応過程がモニタリングできる項目は比較的非特異反応の有無を確認しやすいです。一方、専用機専用試薬の免疫検査はブラックボックス化されており、反応の途中経過をモニタリングすることはできません。その場合は、臨床症状や前回値から反応の妥当性を評価して、必要に応じて測定原理が異なる他検査やプロテインA/G処理、ノイラミニダーゼ処理、DTT処理などの確認試験を実施します。
ノウハウが確立出来ていないと難しく感じてしまいますが、手技自体は非常に簡単です。試薬さえ購入すれば検査室で意義の高い確認試験が実施できます。
また、異常反応の原因が検査機器のパラメータ、試薬ロット固有の問題の場合の責任は各メーカーにあります。状況証拠を提示して、適切な対応を取るよう依頼しましょう。
協働する職種
検査機器メーカー、検査試薬メーカー
ITスペシャリストとして医療情報の検査領域を担当する
厚生労働省の掲げる医療DXの詳細はご存知でしょうか。
医療デジタルトランスフォーメーション(医療DX)とは、全体最適された基盤(クラウドなど)を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることです。
要するに、医療に関わる個人のあらゆるデータをマイナンバーに紐づけて国で管理するという取り組みです。
医療DXの推進により、医療費の削減、地域連携の強化など、国・国民の双方にとって効率的な医療が実現します。
正直、医療DXと言われても具体的に検査室が何をすべきかはっきりと分からない方も多いと思いますが、「医療DX令和ビジョン2030」として日本の医療分野の情報のあり方を根本から解決するための必要な取り組みとして、「全国医療情報プラットフォーム」の設立/電子カルテ情報の標準化/「診療報酬改定DX」が進んでいます。これは、電子カルテ情報を標準化させましょう、という取り組みで、医療現場での有用性を考慮し、医療情報の3文書6情報をJLACコードと紐付けて電子カルテ情報の標準化を目指します。6情報の中に「検査情報」が含まれており、臨床検査データをJLACコードと連携することが検査室が取り組むべき直近の課題です。
喫緊に対応が求められている項目は43項目(緊急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査)、5感染症項目)です。
日本臨床検査医学会の検査項目コード委員会に関連情報が掲載されているので参照のうえ、自施設の対応を完了させましょう。
世界的に見て医療DXは急速に発展しており、医療の効率化を進めると同時にデータのデジタル化とAI技術の活用が進んでいます。
画像解析や診療支援システムの研究・開発では成果が出ていることから、将来的には全ての検査データが医療DXの対象となるはずです。この動きに先駆けてITに強い臨床検査技師になれば引くて数多。高待遇で働く場所を選べるようになるでしょう。
協働する職種
システム会社、院内の情報管理部門
現場責任者として検査室の効率化と収支をマネージメントする
病院の支出で最も大きなウェイトを占めるのは人件費です。
そのため、人件費をどれだけ抑えられるかが今後病院が生き残るためには避けて通ることができない課題です。
臨床検査技師は全医療従事者の中で5番目に多い職種です。対患者業務が少ない職種のため、必ず人数が減らされる、もしくは自主運営からブランチ・FMSに切り替わります。
自主運営を継続する場合、これからの検査室は今と同等かそれ以上の検査数を今より少ない人数でさばくことが要求されるでしょう。そのため、導線を良くするための検査室のレイアウト変更、臨床検査技師の業務負担を軽減できる検査機器の導入などを行い、少ない人数で大量の検査をこなせる体制の構築が要求されます。
もちろん、試薬・消耗品代も検査室の支出の中で25%と大きな割合を占めるため、試薬メーカーとの価格交渉、よりコスパに優れた試薬への切り替えなど、直接検査とは関係しない業務もマネージメントする能力が要求されます。
検査室の収支を改善できた実績は医療機関の経営層にブッ刺さりますし、医療コンサルタントに転身するきっかけにもなり得ます。
チャンスがあれば検査室の運営には積極的に介入して実績を作りましょう。
協働する職種
検査機器メーカー、試薬メーカー、代理店、院内の経営管理部門
まとめ
これからの臨床検査技師に要求される4つの要件を解説しました。
病院経営が年々苦しくなる中で、人数が多い臨床検査部はコスト削減の格好の的です。簡単で単純な業務しか行っていない職員は、この先かなり苦しい状況になることが予想されます。昨今の医療情勢・将来の動向を鑑みて、今後需要が伸びる臨床検査技師を目指して日々の業務に取り組んでください。
もし、今の職場や就職先の先輩技師が今回解説した業務を行っていなければ黄色信号。単なる検査結果の提供者としての役割しか持たない検査室の未来は相当に暗いです。
20代・30代の貴重な時間を無駄にしないためにも、働く場所選びはくれぐれも慎重に。
今の職場のままで良いのか自分で判断できないなら、臨床検査技師のキャリアに詳しいキャリアアドバイザーに助言を求めてください。