本記事のまとめ
- 日本の臨床検査業界は2050年を境に需要は縮小していく
- 医療機関は統廃合により減少していくため臨床検査技師の需要も減少していく
- 今後臨床検査技師として活躍するには需要を先回りしたスキルを身につけておく
- 20年後は地域によって臨床検査技師に求められる要件が大きく異なる
臨床検査技師は表舞台に立つことが少なく知名度が低い職種ですが、診断・治療に必要不可欠な検査データを扱う医療機関に無くてはならない存在です。
しかし、少子高齢化や人口減少に直面し社会は大きく変わっており、技術革新においても検査システム・検査機器の急速な進歩に伴い、臨床検査技師という職種は変革を求められています。
本記事では、臨床検査技師と関係が深い臨床検査業界の動向を解説した後、臨床検査技師の将来性や今後の検査技師に求められる要件を解説します。
臨床検査技師として今後キャリアを伸ばしていきたい方は、ぜひ参考にしてください。
臨床検査業界の将来性
臨床検査技師を目指している方、臨床検査技師として働いている方にとって臨床検査業界の今後の動向は必ず把握しておくべきです。
ここでは、客観的なデータに基づいて臨床検査業界が今後どのように推移していくのかを解説していきます。
日本の体外診断用医薬品市場の現状
日本における体外診断用医薬品市場は、高齢化社会の進行と共に拡大しています。
2021年、2022年は新型コロナウイルスのパンデミックの影響で診断薬業界の売上高が大きく伸びました。高度な医療技術の発展と疾病の早期発見・早期治療のニーズが高まる中、IVD市場は重要性を増しています。
その他、政府の健康政策や医療制度の変化も市場動向に影響を与えています。
日本の体外診断用医薬品市場の今後の見通し
IVD市場を牽引する製品の変化
現在、感染症やがん、生活習慣病関連の検査薬が市場を牽引しており、これらの分野での技術革新が進んでいます。
将来的には、個別化医療の進展に伴い、遺伝子検査薬の需要が増加すると予測されています。また、AIやデータ解析技術の発展が、より精密で迅速な診断に貢献し、市場のさらなる成長を促進することが期待されます。
一方で、医療費抑制の圧力や規制の厳格化が市場の成長を阻害する可能性もあります。
2050年を境に検査市場はシュリンクの方向に向かう
下表は、日本の年齢別人口推移と高齢化率を表しています。
高齢化率というのは、人口に占める65歳以上の割合のことです。日本の場合、人口減少はすでに始まっているものの高齢者の絶対数は2050年頃まで横ばいと予測されており、IVD市場は2050年頃までは緩やかに成長していく見立てです。
2050年を過ぎると高齢者の絶対数の低下に伴い日本国内のIVD市場も縮小していくと予測します。
世界の体外診断用医薬品の今後の見通し
一方、世界のIVD市場では、特に発展途上国での医療アクセス向上が市場成長の大きなドライバーとなっており、2021年から2028年の予測期間に市場成長が見込まれています。
出典:Global Immuno In-Vitro Diagnostics (IVD) Market – Industry Trends and Forecast to 2028|DATA BRIDGE
Data Bridge Market Research社は、同市場は2028年までに239.7億米ドルを占め、上記予測期間のCAGRは4.78%で成長すると分析しています。
世界の高齢者人口の増加と慢性病や感染症の罹患率の増加がIVD市場の成長と需要を強化する重要なファクターです。
さらに、新興国市場での自動分析装置およびPOC機器の普及と高齢者人口の増加も、2021年から2028年のグローバルな体外診断用医薬品市場の成長を加速させる要因と考えられています。
その他、疾病診断に関する意識の高まりと大手IVDメーカーによる新しいIVD製品の開発に向けた研究開発投資の増加や微量検体・迅速検査に寄与する自動分析装置の拡大もIVD市場を成長させる要因といえるでしょう。
また、昨今の新型コロナウイルス流行のような国際的なパンデミックは、体外診断用医薬品の重要性を世界的に認識させ、一過性の市場拡大に寄与しています。
臨床検査技師の将来性
- 臨床検査技師の飽和に伴う価値低下
- タスクシフト・ISO関連による業務量の増加
- 医療機関の経営はより厳しくなる(給料は上がらない)
臨床検査技師を取り巻く環境や国内の医療情勢から、臨床検査技師という職種が今後どのようになるのかを解説します。
業務量は増加しますが給料は上がらず、転職も難しくなることが予想されます。
臨床検査技師の飽和に伴う価値低下
医療機関の減少と国家試験合格者の微増という二つの要因が、臨床検査技師の価値低下を招いています。
国家試験合格者の推移
まずは供給について。
臨床検査技師国家資格の合格者数(青色棒グラフ)の推移を見てみると、少子化と言いながら合格者数は微増していることがわかります。
医療職で安定していること、新型コロナのパンデミックで職種の知名度が上昇したことなどが要因として考えられます。
医療機関の減少
日本の医療機関は少子高齢化や地方都市の人口減少などの影響を受けて、減少の一途をたどっています。
上のグラフは一般病院数の推移を表していますが、2010年に7,587件だった一般病院数は、2019年までの10年間で341も減少し、7,246件となっています。
特に地方の小規模病院や診療所の閉鎖が相次いでおり、これにより医療従事者の働き口が減少しています。
この背景には、人口減少と高齢化が進む中で、人口減少により救急救命や集中治療といった「急性期」の病床が余剰となる一方で、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者仲間入りを迎える問題(2025年問題)に対し、病床を削減して限りある医療費や医療資源(医師の数や負担など)を有効活用しようという国の方針が考えれます。
また、病院側にとっても、多くの病床を抱えていても高水準の病床稼働率を維持できない限り経営が困難な点も病院数が減少する要因の1つでしょう。
こうした国の方針により、一般病院が減少しそれと共に病床数が減少。一方で、一般診療所は無床の診療所が増加する半面、病床が減少する傾向が続いています。
余っているということは賃金を引き上げなくても人が集まるため、臨床検査技師は賃上げ対象になりにくいです。
タスクシフト・ISO関連による業務量の増加
近年、医療現場における業務の効率化や品質向上のために、タスクシフトやISO(国際標準化機構)関連の規定が導入されています。これにより、臨床検査技師の業務量が増加し、多岐にわたる責任が求められるようになっています。
タスクシフト
タスクシフトとは、特定の職種に集中している業務を他の職種に分散させることで、全体の業務効率を向上させる取り組みです。医療現場では、医師や看護師の業務負担を軽減するために、臨床検査技師や他の医療職種に一部の業務がシフトされることが一般的です。
タスクシフトの一環として、臨床検査技師は従来の検査業務に加えて、以下のような追加業務を担うことが増えています。
- 医療用吸引器を用いて鼻腔、口腔又は気管カニューレから喀痰を採取する行為
- 内視鏡用生検鉗子を用いて消化管の病変部位の組織の一部を採取する行為
- 運動誘発電位検査
- 体性感覚誘発電位検査
- 持続皮下グルコース検査
- 直腸肛門機能検査採血を行う際に静脈路を確保し、当該静脈路に接続されたチューブにヘパリン加生理食
- 塩水を充填する行為
- 採血を行う際に静脈路を確保し、当該静脈路に点滴装置を接続する行為
- 採血を行う際に静脈路を確保し、当該静脈路に血液成分採血装置を接続・操作・抜針びび止血を行う行為
- 静脈を確保し、超音波検査のために静脈路に造影剤注入装置を接続・操作・抜針及び止血を行う行為
令和5年度のタスクシフト・シェアの施設実態調査結果を見ると動きが無い施設が全体の7割にのぼっています。
そのため、タスクシフトによる業務量の増加を実感していない検査技師がほとんどですが、どこかのタイミングでタスクシフト・シェアを強引に進める動きが出てくると思われます。
ISO関連業務
ISO(国際標準化機構)は、世界共通の基準を制定する組織であり、医療分野では品質管理や安全性向上のための規格が多く導入されています。特に、ISO 15189は医療検査室の品質と能力に関する基準であり、大学病院や機関病院など多くの臨床検査室が認証を取得しています。
ISO 15189の認証取得と維持には、厳密な品質管理と文書管理が求められ、臨床検査技師の業務量が増加します。
具体的には以下のような業務が追加されます。
- 品質管理業務: 検査の精度管理や機器の校正、試薬の管理など、品質を維持するための業務が増加します。
- 文書管理: 手順書や記録の作成・更新、定期的な内部監査など、文書管理業務が多岐にわたります。
- 継続的改善: ISOの要求事項として、継続的な業務改善が求められ、そのためのデータ収集や分析、改善策の実施が必要です。
タスクシフトとISO関連の取り組みにより、臨床検査技師の業務量は確実に増加しています。
医療機関の経営はより厳しくなる(給料は上がらない)
日本の医療機関は、右肩上がりの医療費、健康保険料の増加、診療報酬のマイナス改定といった要因から、経営がますます厳しくなっています。
医療費の増加は高齢化と医療技術の進歩によるもので、医療機関の財政負担を増大させます。これに伴い健康保険料も上昇し、手元に残る給料はさらに低くなります。
この背景から政府の医療費抑制政策により、診療報酬のマイナス改定が続いています。「診療報酬を上げると国民負担率が上昇して国民が困るので医療費は下げよう」という論理構成に基づきますが、これは即ち医療機関の収益は減少するということです。
つまり、医療従事者の賃上げは非常に厳しいということです。
臨床検査技師をはじめとした医療従事者は知識も技術も経験も必要な仕事なのに、診療報酬の元で動いている病院経営・国の制度が変わらない限り給料が上がることはありません。
臨床検査技師として活躍するためのベストプラクティス
これから時代に臨床検査技師としてキャリアを伸ばすには、どのような要件が必要になるのかを解説します。
これからの臨床検査技師に求められる4つの要件を習得する
これから臨床検査技師としてキャリアを伸ばしていきたい方は検査の知識・スキルに加えて下記要件のいずれかを満たす必要があります。
- クリニカルサイエンティストとして病態把握に務め臨床に的確なアドバイスを提供する
- テクノロジストとして正確な検査データの報告に貢献する
- ITスペシャリストとして医療情報の検査領域を担当する
- 現場責任者として検査室の効率化と収支をマネージメントする
上記要件の詳細は別の記事で解説しますが、全てを満たす必要はなくどれか1つに特化することで臨床検査技師としてのプレゼンスを高めることができます。
どれか1つでも他者比較で優れているなら、地域に関わらず臨床検査技師としての活躍が期待できます。
20年後を見据えた職場選び・スキルを身につける
医療ニーズは地域の人口構成によって大きく変わるため、全国規模で見るだけでは見誤ります。加えて、病院マネジメントや部門マネジメントの視点で見ると地域の入院・外来・在宅という切り口だけでなく、診療行為別や疾患別の視点も必要で、臨床検査技師の将来の重要を予測するなら生理検査や検体検査など検査項目別の地域毎のニーズ予測が重要です。
具体的に下記の3地域について、年齢別将来推計人口と厚生労働省が持つレセプトデータを掛け合わせて2025年をベースに20年後の2045年の医療ニーズの変化を%で見てみましょう。
- 東京都文京区
- 鳥取県米子市
- 青森県弘前市
東京都 文京区 | 鳥取県 米子市 | 青森県 弘前市 | |
臨床検査 | 116.6 | 94.0 | 81.0 |
在宅医療 | 121.2 | 106.3 | 95.7 |
画像診断 | 119.5 | 94.5 | 82.1 |
投薬 | 120.0 | 95.6 | 83.3 |
リハビリ | 118.1 | 92.3 | 79.8 |
手術 | 122.7 | 94.9 | 82.4 |
麻酔 | 120.2 | 95.3 | 83.8 |
放射線治療 | 126.0 | 94.4 | 81.3 |
病理診断 | 113.5 | 90.9 | 76.9 |
東京をはじめとした大都市では高齢者は増加し続け、臨床検査数も増加します。つまり、現状よりも検査数が増え、それに伴い希少疾患の発生頻度が増加するため都心部などの大都市ではより専門性に特化した臨床検査技師が求められるようになります。
一方、地方では外来人口が減少して臨床検査の需要も減少する見込みです。そのため、検査部門として検査件数・総保険点数を維持できなくなれば人員を削減したコスト削減に踏み切ることが予想されます。すなわち、地方では一人の臨床検査技師が複数の領域を掛け持ちして横断的に臨床検査業務を行うことがマストになりそうです。
臨床検査技師を目指す学生が進学先の学校を選ぶ際には、以下のようなポイントを重視すると良いでしょう。
これらは将来のキャリア形成や実践的なスキル獲得に大きく関わる要素です。
臨床検査技師を目指す学生が進学先の学校を選ぶ際には、以下のようなポイントを重視すると良いでしょう。これらは将来のキャリア形成や実践的なスキル獲得に大きく関わる要素です。
カリキュラムの内容と特色
学校が提供する教育プログラムがどれだけ実践的で多様なスキルを学べるかが重要です。以下を確認しましょう。
- 基礎から応用までの体系的なカリキュラム:臨床検査技師として必要な基礎知識に加え、病態把握や最新技術への対応スキルが含まれているか。
- 専門領域への対応:臨床検査技師として必要な基礎知識に加え、病態把握や最新技術への対応スキルが含まれているか。
- 選択科目やコースの多様性:例えば、ITやマネジメントなど他分野の学びを提供しているか。
実習環境と臨床現場との連携
臨床検査技師にとって実地経験は不可欠です。
- 実習施設の充実:実習室の設備が最新かつ実践に即しているか。
- 臨床現場での実習機会:病院や医療機関との連携で、十分な現場体験が可能か。
- 卒業生の進路・就職実績:実習経験が卒業後のキャリアにどう結びついているかを確認。
教員陣の専門性と教育方針
質の高い指導者から学ぶことは大きなメリットになります。
- 臨床経験を持つ教員の有無:現場経験を持つ教員が直接指導してくれる環境があるか。
- 研究活動や業界とのつながり:研究を通じて最新の知識を学べたり、業界ネットワークにアクセスできたりするか。
学校の立地と地域性
学校の立地が将来のキャリアや学びにどのように影響するかも検討材料です。
- 地域の医療ニーズと一致しているか:学ぶ地域が臨床検査技師の需要が高い地域かどうか(例:都市部 vs 地方)。
- 地域医療への貢献機会:地域医療に特化した教育や実習があるか。
就職支援とネットワーク
就職活動において、学校側のサポート体制があるかも重要です。
- 就職率と就職サポート体制:専門のキャリアアドバイザーがいるか。
- 卒業生ネットワーク:
業界内での強固なネットワークが将来のキャリアに役立つか。
新技術や未来を見据えた教育体制
ITやAIなど、医療技術の進歩に対応した教育があるか。
- IT・データサイエンス教育の充実:医療情報や検査データ管理、分析スキルを学べるか。
- 将来の変化への柔軟性:20年後を見据えた先進的なカリキュラムや教育方針が採用されているか。
さすがに全てを満たす教育機関は存在しませんが、これに近い学校で臨床検査学を学ぶことで将来活躍できる検査技師になれるでしょう。
【参考】都道府県別におすすめの臨床検査技師養成学校一覧
都道府県 | 学校名 | 学部・学科 | |
奈良県 | 天理大学 | 医療学部臨床検査学科 | 詳細を見る |
まとめ
チーム医療が叫ばれて久しいですが、臨床検査技師が医療の中で十分に評価・認知されていないことは非常に残念です。
検査にプライドを持って取り組むことは本職種のプレゼンスを高めるための土台に過ぎず、検査室の外に出て声を上げる活動こそ、臨床検査技師の院内での評価を高めることに繋がります。そのためにも、診療の中で検査だけに留まらず、他職種の業務の前後や隣接・連続する業務まで把握することが診療効率に繋がり、医療の質や患者さんの安全にも繋がります。
臨床検査技師にとっては業務拡大となりますが、これらを達成できる人材が臨床検査技師としてキャリアを飛躍できるでしょう。
「そこまで頑張りたくない」こんな方は将来を見据えて今のうちに施設を移動するのも良い方法だと思います。
下記記事で転職の希望に応じて最適な転職サイトを紹介しているので、ご自身の将来設計に応じて最適なサイトを活用してみてください。