臨床検査業界で最近ちょこちょこ耳にする「LC-MS」というキーワード。
物質の重さで検出するといったざっくりとしたイメージは持っていると思いますが、実際のところ何をどう検査するのかよく分からない方も多いと思います。
この記事では、質量分析を学んだことがない臨床検査技師に向けてLC-MSの基礎・概要を解説します。
初学者向けにかなり分かりやすく解説していますので、質量分析について理解を深めたい方は参考にしてください。
臨床検査業界でLC-MSが注目され始めている理由
LC-MSは高い特異性と感度、多成分同時分析が可能な点で近年臨床検査業界で注目されています。
免疫測定法では困難な化学構造の類似物質や代謝物の区別ができ、薬剤モニタリングやホルモン測定、新生児スクリーニング、疾患バイオマーカーの探索に活用されています。
機器の進化により精度と効率が向上し、個別化医療や複雑な検査ニーズにも対応可能です。
コスト低下や自動化により普及が進むと期待されています。
これまで研究用途で普及していた質量分析が臨床現場に広まりつつある理由は前処理が自動化により簡便になっているからです。
これまで除タンパクや極性化など、半日以上かけて人が実施していた前処理をCLAM-2030のような自動処理してくれる装置が代替してくれるようになりました。
画像引用元:島津製作所
既に東京慈恵会医科大学では実用化が進んでおり、液体クロマトグラフィー・質量分析(LC-MS/MS)システムを用いた血中ビタミンD濃度測定の有用性|検査と技術 52巻11号 (2024年11月発行)という論文が投稿されています。
とある信頼できる筋からの情報によると、大手検査機器メーカーが近々質量分析計を市場投入する予定のようです。
LC-MSは今後間違いなく臨床現場に降りてくると思われます。今のうちに知識を深めておいてください。
臨床検査技師が知っておくべきLC-MS分析の基礎
LC-MSはLiquid Chromatography-Mass Spectometryの略後で、液体クロマトグラフィーと質量分析計を接続した機器分析手法です。
LCで分離してMSで検出するという流れです。
- 【参考】クロマトグラフ・クロマトグラフィー・クロマトグラムの違い
- ・クロマトグラフ:分析する装置のこと
・クロマトグラフィー:分析手法のこと
・クロマトグラム:得られた分析結果、図のこと
LCMSやLCMS/MSをエルシーマスやエルシーマスマスと呼ぶ方がいますが、正式には「エルシーエムエス」、「エルシーエムエスエムエス」と発音するのが正しい読み方です。
LC-MSの測定概要
LCを使った身近な検査にはHbA1cがあります。HbA1cはLCで分離した目的の物質を415nmの吸光度で検出し、ピーク面積の比率でA1C濃度を算出しています。
画像引用元:Detection principle of HPLC (HbA1c Analyzer) Gold Standard Method of HbA1C Detection
一方、LC-MSはLCで分離した目的の物質をMSで検出し、ピーク面積から濃度を算出します。
画像引用元:株式会社東レリサーチセンター
LCはサンプル中に含まれる無数の化合物を検出器で検出しやすいようにカラムで分離する役割があります。
LC-MSとLC-MS/MSの違い
文字通りMSが1つあるか2つあるかの違いです。そのため、前者をシングルマス、後者をタンデムマス、トリプル四重極と呼びます。
画像引用元:株式会社UBE科学分析センター
MSが2つなのに何でトリプルなの?
MS/MSは質量分離部は2箇所ですが、その間にコリジョンセルと呼ばれる場所があり、部屋の数が3つあるためトリプルと呼ばれます。
コリジョンセルでは特定のイオン(プリカーサイオン)を選択し、不活性ガスと衝突させてフラグメンテーション(イオン開裂)を起こします。その結果、特定イオンの構造を詳細に知ることができ、未知物質の構造推定を行う際に候補となる化合物を絞ることができます。
画像引用元:株式会社UBE科学分析センター
MSだと得られる情報は限られますが、MS/MSだとプリカーサイオンを分解した情報が得られため組成推定がしやすくなります。
カラムによる分離とは?
生化学や免疫検査に慣れていると「分離する意味」がピンとこないかもしれません。
従来の血液検査は目的物質に特異的な化学反応や抗体を試薬として添加することで無数の物質の中から選択的に特定物質を検出しています。
一方、MSは物質の質量を測定するだけの検出器のため、特定の物質だけを選択的に検出することはできません。
画像引用元:エーエムアール株式会社
目的物質の重さで特異的に検出できないんですか?
もちろん可能ですしそれがMSを使う理由ですが、同じ検出時間に同じ質量の物質が混在していないことが前提条件として必須です。
MSは非特異的に物質の質量を検出するため、同一質量の異なる物質を区別できません。例えば、m/z300の物質Aと同じ質量の物質Bが混在する試料から物質Aだけを検出したくてもMS単独では不可能です。加えて、m/z300の物質を検出したとしても、それが本当に目的の物質なのか確認ができません。
カラムで分離する目的は物質を分離することと保持時間から目的物質であることを確認するために使用します。
LCにおける分離方法の種類と選択
LCでは目的物質の特性に応じて分離手法を使い分ける必要があります。
分離モード | 分離の原理 | 適した化合物 |
吸着 | 固定相の吸着点と分析種の吸着平衡 | 極性化合物、異性体の分離 |
分配(純相/逆相) | 固定相-分析種間の分配平衡 | 広範囲な化合物に適用可能 |
親水性相互作用 | 固定相-分析種間の親水性相互作用 | 親水性化合物 |
イオン交換 | イオン交換体と分析種間の静電相互作用 | イオン性物質 |
サイズ排除 | 分子ふるい | 高分子化合物 |
検査技師に馴染みがあるHbA1cはイオン交換分離モードを採用しています。
免疫検査の非特異反応の検索でよく使われる「ゲル濾過クロマトグラフィー」はサイズ排除に該当します。
これらの分離モードから目的の物質に応じて使い分ける必要があります。
逆相クロマトグラフィの原理
LC-MSでは広範囲な化合物に適用可能な分配(逆相系)が一般的に使われています。
画像引用元:株式会社池田理化
固定相(カラム)と溶質(サンプル)の間に働く「疎水性相互作用」を利用して分離を行う方法です。極性(水に溶ける性質)を持つサンプルが分析対象で、移動相(流路に流す溶媒)を調整することで、水溶性サンプルにも疎水性(脂溶性)サンプルにも用いることができます。
移動相には水やメタノール・アセトニトリルなどの極性の高い溶媒を使用します。一方で、固定相(カラム)には担体にアルキル基などを化学結合させた極性の低いものを用います。
極性の高い成分ほどカラムを早く通過し、極性の低い成分ほど遅く通過する性質を利用して物質を分離します。
イソクラティック溶離とグラジエント溶離
LCによる分離でもう一つ重要なことが溶離の手法。
画像引用元:グラジエント溶離の話
- イソクラティック:移動相の組成比率を固定化した状態でLCを行う溶離手法。
- グラジエント:移動相組成を連続的に変化させながら溶出させる溶離方法。逆相クロマトでは溶出力の強い溶媒の比率を徐々に上げていくことになります。
イソクラティック溶離では、サンプル中に極性の大きく異なる化合物が含まれている場合、分離効率が低下する可能性があります。また、強く保持される成分があると、分析時間が長くなるデメリットがあります。
一方、グラジエント溶離は分析中に移動相の組成を徐々に変化させるため広い極性範囲の化合物を効率よく分離することができます。そのため組成が複雑なサンプルや、保持時間が大きく異なる化合物を分離する際に効果的な溶離手法です。
単一化合物の検出ならイソクラ、複数化合物を同時に検出するならグラジエントが適しています。
LC-MSのクロマトグラムの見方
画像引用元:福井県工業技術センター
上記はガスクロの結果ですが、LC-MSでも同様の結果が得られます。
LC-MSで分析するとクロマトグラムとマススペクトルが得られます。クロマトグラムとマススペクトルの関係性は下図のようになっています。
画像引用元:JEOL
クロマトグラムのX軸が時間(保持時間)、Y軸がイオン強度(イオンの量)を表しています。クロマトグラムはMSスペクトルの合計で構成されており、Z軸には各ピークを構成している質量(m/z)が隠れています。
MSで得られるクロマトグラムは質量(m/z)の総和で構成されているためTIC(Total Ion Chlomatogram)と呼ばれます。
LCで分離すると保持時間が分かれ、MSで検出すると質量で分かれる。これがLC-MSで化合物を検出する基本的な流れです。
LC-MSで目的物質を検出する方法
LC-MSで化合物を検出する方法は①標準品(純品)の「保持時間」と「質量m/z」を参照して目的物質を検出する方法と②組成推定の2種類があります。
①標準品(純品)の「保持時間」と「質量m/z」を参照して目的物質を検出する方法
標準品の保持時間と質量m/z(質量電荷比)を基準として、サンプル中の目的物質を特定します。
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STEP1標準品の解析純品(標準品)を分析して、目的物質の保持時間と質量スペクトルを記録します。
・保持時間: クロマトグラムでピークが現れる時間。カラムや溶離条件に依存します。
・質量m/z: 質量分析で検出されるイオンの質量電荷比。分子の構造や分解パターンに依存します。 -
STEP2サンプルの分析サンプルを同じ条件で分析し、クロマトグラム上のピークと質量スペクトルを確認します。
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STEP3一致の確認サンプル中のピークの保持時間が標準品と一致するか比較します。
質量分析で得られたm/zが、標準品の質量スペクトルと一致するか確認します。
目的物質が既知で標準品を準備できるならこの方法が最もシンプル、かつ高感度に検出できます。
②組成推定
質量分析(MS)を使用して、化合物の分子組成(例: Cx_xxHy_yyOz_zzNw_ww)を推定する方法です。特に、四重極飛行時間型(QTOF)MSを用いると正確なモノアイソトピック質量を得ることができ、組成推定に役立ちます。
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STEP1モノアイソトピック質量の取得質量分析で化合物の最も軽い同位体組み合わせのm/z値を測定します。
例: m/z=180.0634(C6H12O6の場合) -
STEP2分子組成の候補を計算化学元素(C, H, O, Nなど)の組み合わせを用い、測定された質量に最も近い分子組成を計算します。
高分解能質量分析では、質量精度が10ppm以下の場合、特定の組成を一意に推定できることが多いです。 -
STEP3同位体パターンの確認元素ごとの同位体存在比(例: Cの13C)を基に、実際のスペクトルと計算スペクトルを比較します。
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STEP4フラグメントの確認サンプルのMS/MS(タンデム質量分析)スペクトルを解析し、フラグメントイオンのパターンから構造情報を得ます。
未知化合物の特定や代謝物の分析など、スキャン分析する際に使用する手法です。
LC-MS/MSの検出感度
LC-MSは極々微量な化合物を検出するための分析装置で、ルーチンレベルだと検出感度は10ppb〜10ppm程度です。
こちらの文献によると条件をしっかり整えればpg/mLオーダーまで検出できるようです。
ただし、複数化合物を同時に検出する場合は、化合物によって検出限界が異なることに注意してください。
- MSはイオン化した化合物を検出しますが、ある条件で分析を行った場合、化合物によってイオン化する傾向は変わります。
- MS検出にはポジティブモードとネガティブモードの2種類がありますが、化合物によってモードの違いでイオン化しやすい、しにくいがあります。
質量分析を検査業務に取り入れる際のポイント
- コンタミに注意する
- 機器メーカーのサポート体制を確認する
- 用途に応じて適切なモデルを導入する
コンタミに注意する
- コンタミの原因
- ・移動相中の不純物
・試料のコンタミ
・試料の劣化
・使用器具の汚染
・装置内の汚染
・試料溶液中の気泡
・カラムの汚染
LC-MSは非常に微量な化合物を検出するため、少量のコンタミでも分析結果に影響が出ます。例えば、分析に使用する移動相が何らかの物質で汚染されてしまうとゴーストピークの出現やノイズによりバックグラウンドが上昇して感度が低下します。
移動相のコンタミでよくあるのが洗浄で使った洗剤の残存。移動相の試薬瓶を洗剤で洗ったら入念に水で洗い流すか、アルカリ溶媒でガラス膜を溶かすことをお勧めします。
どうしてもゴーストピークが解消しないならLC-MS Contaminantsなどのドキュメントを参照してゴーストピークの原因物質を特定し、原因物質が発生しそうな場所を推測して対処するといったトラブルシューティングを行ってください。
機器メーカーのサポート体制を確認する
質量分析装置は元々研究開発職の研究者に向けた製品です。そのため、サポート体制も研究開発職に向けて設計されています。
具体的な実例として、装置が故障したので対応を依頼すると「部品の取り寄せに1ヶ月かかります」と言われたことがあります。
既存の検査機器メーカーに比べて速度感がズレていることがあります。そのため、メーカーを選定する際は下記を必ず確認してください。
- 担当営業の質
- コールセンターの対応力
- 保守契約のプランとコスト
- トラブル時の対応時間
- 交換用部品の国内在庫の有無
- 現場技師への技術サポート
用途に応じて適切なモデルを導入する
質量分析計は機能が最低限の数百万円のモデルから大手製薬メーカーが導入するような1台数億円のハイエンドモデルまで幅広いラインナップがあります。
また、ライブラリやメソッドパッケージ、ペプチドマッピング用の解析ソフトなど、オプション購入する製品も多数あります。
営業担当によっては、自施設に不要なオーバースペックを提案してくる場合もあります。提案内容を鵜呑みにすることはせず、自施設に必要なスペックなのか?しっかり確認してください。
判断に迷うなら、複数のメーカーに話を聞くのが良いです。
まとめ
質量分析を学んだことがない臨床検査技師に向けてLC-MSの基礎・概要を解説しました。
これまで前処理がネックで臨床現場には普及しなかった質量分析ですが、前処理自動化システムが開発されたことを契機に徐々に浸透していくと思われます。
臨床検査業界にとっては質量分析の歴史は浅く、使いこなせるようになればキャリアの幅が一気に広がるでしょう。
質量分析に携わる機会があれば、ぜひ積極的に手を挙げてキャリアの幅を広げてください。